2008年09月14日

昔、私は文章を書くのが苦手だった

私がブログを書いていることを知っている人に言うと大抵信じてもらえないのだが、私は文章を書くのがとても苦手だ。
「しょっちゅう長文エントリを書いているくせに嘘つけ」と思われるかもしれないが、これは本当の話。

私が長文エントリを書くことができるのは、長年のトレーニングの賜物であって、ある程度型にはまった書きなれた文章だからこそのこと。文章を書くのが苦手というのは昔から変わらない。もともと私の頭は作文向きには出来ていないのだ。
 
 
 
今でこそ随分マシになったが、昔の私は本当に文章が書けず、夏休みの日記や読書感想文ではいつもいつも3行以上書くことが出来ずに悩んでいた。何かを書けといわれても、何をどう書いていいのか、そもそも文章を書くというのがどういうことなのかも理解していなかったし、自分の考えや感じたことを文章の形で表現することも慣れていなかった。

本を読んだり考えたりすることと、それを口にしろ文章にしろまとめてアウトプットするというのはまったくの別物だと私は思う。昔の私の頭は、イメージで物事を把握し整理する能力はあっても、それを言語に置き換えて出力する能力に乏しかった。というよりも、そもそも思考の際に言語を用いずにイメージのまとまりだけで思考していたような記憶がある。そのせいで頭の中でなんとなくもやもやとまとまっているものを、言語化して出力するという行為がひどく重労働だった。まあこれは今でも大して変わらんのだが。

小学校のころは文章が書けなくても大した問題にはならなかった。別に成績も悪くなかったし、問題意識も感じていなかったからだ。本格的にこのままではヤバイと危機感を覚えるようになったのは中学校に入ってからで、国語の成績がよろしくない事になってきて、おまけに枚数の増えた読書感想文にさらに苦しめられるようになったのがその理由だった。

色々悩んだ挙句、このままではどうしようもないと考えて人に相談して私が得た答えは「日記でも書いてみたら?」というものだった。その人いわく「文章を書けるようになる魔法の薬なんてない。君に才能がないなら、とにかくたくさんの文章を書いて、文章を書くという行為に慣れるしかない」と。とりあえずその言葉を信じてみることにした私は、それから日記を書き始めた。それ以来大学卒業近くまで、毎日ではないにしろずっと日記をつけ続けたわけだから、我ながら良く続いたものだと思う。

日記を書き続けた成果は今この文章をご覧のとおりだ。最初のうちは一日数行しか書けなかった日記だったが、高校に入った頃にはA4ノートを一ページ丸々埋め尽くすようなことも珍しくなくなっていた。その頃には読書感想文や小論文もそれなりに書けるようになっていたし、何より文章を書くことが苦痛でなくなった。苦手感もかなり軽減された。日記を書き始めて1年たった頃からは、日を追うごとに目に見えて文章を書けるようになっていくのが自分でも実感できたことも書き続けた理由として大きいだろう。いつの間にか私は文章を書くことにある種の面白ささえ見出せるようになっていた。大学を出てブログを書くようになってから、直接手で日記を書くことはしなくなったが、日記を書いていた目的はそのままブログにも引き継がれている。

ブログの場合、読み手がいない日記と違い、文章を書く練習だけでなく読み手からの様々なフィードバックが帰ってくるのが面白い。自分が周囲から影響を受け、また自分が周囲に影響を与える様が目に見えて分かるのが面白い。そして文章を書く能力が一人で日記を書いていた頃とは比べ物にならないくらい伸びていくのが自分で分かるのが面白い。(その分昔のエントリを見ると穴に入りたい気分になることもしばしばだが)

正直私は今でも文章を書くのが苦手だ。
しかしもう文章を書くことが嫌いではない。
文章(ブログ)を書く面白さが苦手を上回り続ける限り、私は文章(ブログ)を書き続けるだろうと思う。
posted by 黒影 at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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