ised@glocom - ised議事録 - 倫理研第7回:目次
小倉センセが相変わらずで安心した。
自分のルサンチマンを認めれば少しは成長するだろうに。
白田さんが相変わらずいいところを突いてくるので楽しかった。
で、最後のほうに大きな疑問を持った点が二つ。
一つ目は「フレーマーに匿名は必要か?」という根本的な問題。
共通ID的なNiftyのフォーラム時代においてさえフレーミングが頻発していたように、
既存のジャーナリズムに於いても罵倒芸が存在するように、
そして切込隊長のようなネットパーソナリティが成立しうるように、
いつの時代も顕名の意図的フレーマーは常に存在してきたのだが、
このISEDの討議ではまるで匿名でないとフレーミングが出来ないかのような議論になっていた。
しかし顕名でフレーミングを起こす人間の存在が確認されている以上、
この議論はそもそも成立しえない。
また、「この〜は間違っている」と考え、それを批判しようとする人間にとって匿名は必要だろうか?
私にはそうは思えない。(そして往々にしてこのような批判が炎上の引き金を引く)
「意図的」、「天然」の区別を別にしても匿名はフレーミングを起こす際の十分条件になりえないだろうと思った。
この問題点が議論の俎上にのぼらなかったのが心残りだ。
もう一つの疑問点は最後に東さんが言っていたこれ。
東:
なるほど、こういうことですね。日本社会も本当は空気を読めないほどに社会の流動性は高まっている。ネット上であればなおさらで、匿名な対象を相手にしているのだから本当は空気なんて読めるはずがない。それなのに空気が読めると思い込んでいるために、変なことが起きているのではないか。
本当に読めないのかな?
そんなことないんじゃないかな?という疑問。
現実世界では誰もが初対面の相手に対しても意識する、しないに関わらずその所作や印象、言動から相手の心理、行動を予測している。
「空気を読む能力」とはこうした予測能力に他ならない。
こうした予測は経験と知識に基づく相手の行動の「シミュレーション」であり、相手の事を知れば知るほどその精度が高まるものであるため、固定されたコミュニティの中ではじめてツーカーの呼吸にまで高まるものだ。
しかしながら、こうした対人予測能力は社会の流動性が高まるほど必要性が高くなる。
なぜならいくら流動性が高いといっても、いやむしろその方が何度も新しい相手と一から人間関係を構築しなければならない。そして「空気を読む」力が高ければ高いほど初対面の相手と短時間で良好な関係が築ける可能性が高まるからだ。相手と良好な関係を築ける事が益になるのは言うまでもないだろう。
初対面の相手に対する予測力はよく知った仲に対する「シミュレーション」から来るものとはやや異なり、不完全・断片的な情報から相手の人格や行動を予測する「プロファイリング」作業である。
無論「プロファイリング」とは経験と知識から来る「偏見」に他ならないのだが、それが一定の有効性を示すことはご存知のとおりである。
その対人予測力は十分な経験と知識、観察眼に裏づけられていれば初対面の相手にもある程度通用する。
無論文字だけのコミュニケーションに於いてもだ。
十分な情報が集まれば相手の言動をシミュレートすることも可能であるが、プロファイルするにしろシミュレートするにしろ、相手の情報がある範囲においてのみ可能なのであり、範囲限定された予測である。
匿名同士初対面での「空気」の探り合いは書き込みから手繰れる材料を元にした「プロファイリング」で成り立っている。
そして匿名掲示板というのは無目的なAnonymousの集まりではなく、板ごと、スレッドごとに特定のテーマに集まってきた人間であり、たとえ行きずりの名無しさんであっても、その目的に関する部分だけは容易に予測可能なのだ。
辻さんの言葉を借りるなら、そこには半流動的ではあるものの「ある程度固定された関係性」が存在するのである。
匿名掲示板での「空気嫁」というのはTPOをわきまえろ、「限定された今この場の状況」を読んでそれに合わせろという意味であって「世間を気にする」という意味での「空気を読む」と本質的に同じものである。
たとえネット上でも、行きずりの匿名さん相手でも、文字だけのコミュニケーションであっても、そこに人がいる限り「空気を読む」ことは可能なのである。
途中まで面白かったのに最後の最後に辻さんと東さんの腰砕けなまとめが入っていて萎えた。
ネットでは空気が読めない?
そんなことはない。
実際に人と顔をあわせてしゃべる時とは異なった情報の読み取り方が必要というだけの話だ。
現実社会では社会集団ごとに物理的に分離されているのに対し
ネットでは全てが地続きで存在する。
そこには子供の他愛のない会話、オバちゃんの井戸端会議、若者の自慢話、インテリの高尚な議論全てが同じ一枚の平面上に存在する。
だからたまにはまったく異質な集団とぶつかる事もあるわけで、
「炎上」の本質とはコンテクストを共有しない者同士の衝突だ。
その際に片方が圧倒的に数が多かったり致命的な欠陥を抱えていたりすると野次馬が野次馬を読んで大炎上となるだけの話。
匿名だの空気だのは二義的な問題だと思うんだけどなあ。
どうもこの人たちは議論のための議論をしているように見えてならん。







>そして匿名掲示板というのは無目的なAnonimousの集まりではなく
Anonimous→Anonymous
空気を読み損ねたときは、次の空気を読めばいいだけのような気がする。
匿名はそれを容易にし、顕名はそれを難しくする。
ありゃ、ご指摘どうもです。
>空気を読み損ねたときは、次の空気を読めばいいだけのような気がする。
空気を読むというのが場の推測に過ぎない以上外れることも当然あるわけで、
そういう場合は仰るとおり、前の推測が外れたという情報も加味して次の空気を読めばいいだけだと思います。
普通の対人関係でも常に行っていることですけどね。