一読した感想は「これが本心からの文章ならこの人もキレが落ちたな」というところか。
食い付き所満点と言うか隙だらけなんですが。
とりあえず釣りだと言うことにしておとなしく釣られておきます。
まずは元の文章をご紹介。
ブログの「終わり」と「始まり」 - nikkeibp.jp - from ガ島通信 メディア崩壊の現場を歩く
関連記事
・ガ島通信:「ブログ」の終焉
・ガ島通信:「ブログの終わりと始まり」を日経BPにアップしました
以下考察
まず『荒れる』とは何か、というところから考えてみます。
ブログの場合…
◆ブログの荒れの構造の典型例
前段階 ブログ主が地雷を踏む(可燃物)
↓
第1段階 文章を読んだ人間からコメント(批判)が来る→ここで円満解決したら荒れない
↓
第2段階 ブログ主とコメンター間で論争になる、あるいはさらに批判が来る(着火)
↓↑
第3段階 挑発や煽り等のブログ主の不適切な対応(燃料投下)
コメント増加、話は平行線。人が集まってくる。(炎上)
↓↑
第4段階 さらに人が増え、煽り屋が登場(鎮火困難段階)
↓
第5段階 制御不能に(燃え尽きるor灰になる)
大体の場合においてこのような流れで荒れていきます。
突発的な『荒れ』の場合は、上で書いたようにブログ主が気付かぬまま地雷を踏んだことが原因になるケースがほとんどだと思います。地雷となるのは政治的なテーマ、時事問題が多くそこから始まった論争が煽り合いに至り炎上するケースが多いです。
炎上に到るか否かは第3段階に達するかどうかでほぼ決定されます。
批判が来ても落ち着いて対処することでブログの荒れは防げるのです。
また例外的に他所に喧嘩を売って炎上するブログや、記事自体には別段問題が無いがコメンターを挑発したために炎上するブログも存在します。
一方で慢性的に荒れ模様なブログも小数ながら存在し、こういうブログの場合荒れる原因はアンチの存在にあることが多いです。アンチと擁護の言い争いで荒れる事例は掲示板時代から多数存在し『荒らしはスルー』という暗黙の了解が出来ていますが、これを守れぬ人間も多く、ブログの荒れの一因ともなっています。
なお極めて特殊な例ですが数ヶ月に渡りコメンターに対する挑発を行い続け、荒れ続けたまま更新を終えたブログも存在します。
参考
・荒れるブログの作り方[真性引き篭もり]
◆コミュニティ視点
もうちょっと一般化してコミュニティの荒れという視点で見てみるとこんな感じかと。
A.初期の小規模のコミュニティ内では気心の知れた仲間と楽しくやっていける
B.しかし人が増えると歓迎すべからざる行動を取るものも現れる
C.参加者が増えるにしたがってエントロピー(乱雑さ)が増大
D.最後にはエントロピーが大きくなりすぎてコミュニティ崩壊
E.廃墟から新たな小規模コミュニティが複数誕生し、またAから繰り返される。
藤代氏の記事にも取り上げられていますが、結局この繰り返しがネットのコミュニティ史そのものではないのかと。
歴史は繰り返すというか歴史の必然というか、人が増えればエントロピーも増えるのは当然の理屈。
コミュニティの崩壊なんてそれこそNifty時代からあちこちで起きていた別段珍しくも無い現象で、
ブログで同じ事が起きても別に何の不思議も無いことではあります。
ここで特筆すべきことは、Niftyのフォーラムだろうが2ちゃんだろうがブログだろうが
荒れる場所がある一方でそのすぐ隣には和気藹々とやっている場所も存在するということです。
『荒れ』は局所的な現象であり残りの大半は平穏無事、ということがむしろ当たり前で
『ブログの終焉』などと言ってもほとんどのブログ利用者には実感が持てないのではないでしょうか?
◆荒れるブログ、荒れないブログ
『荒れる』ブログと『荒れない』ブログで何が違うのかというポイントはもっと注目されてしかるべきです。
ウォッチャー系のブログではこういう考察を結構頻繁に行っていたりするのですが、
どうもジャーナリスト系のブログではこういうケーススタディをきちんとやっているところを見ない気がします。
悲観論もそれはそれで一つの立場として結構なのだが、その結論に至る前に
『いつ?』『どこで?』『誰が?』『何故?』『何を?』『どのように?』という
ブログの荒れの5W1Hをはっきりさせておいた方がいいのではないでしょうか?
極端な荒れや炎上に到る例はかなりレアケースです。
『ブログ主が』『自分のブログで』『地雷を踏み』
『コメンターがそれを見つけてコメントし』『ブログ主が問題ある対応を返す』
これだけの条件が揃い、時には複数回これを繰り返してようやく炎上に到るわけですから。
(アンチは余程大手でもない限りまずつかない)
少なくとも大半のブログはこれからも炎上と無縁で居続けるわけで、まるでブログ界全体が殺伐とした荒らしに席巻されるような文章はずれているとしか言い様がありません。
以下細々とした部分への個別のツッコミ
◆ブログの「終わり」と「始まり」へのツッコミ
>ノイズの増大とともにそのような「お約束」は消えていきました。
部分的には生きています。>「お約束」
というよりもコミュニティの細分化が進んだ結果、コミュニティごとに「お約束」の内容が違いすぎて全てのネットユーザーの「共通認識」になりえないと言った方が近いと思います。
>舞踏会の面白さが徐々に知れ渡り、参加者が増えてくると「お約束」が共有されなくなっていきます。
上との関連ですが人が増えれば異なる「お約束」を持ったコミュニティの人間も参入してきます。
このときに「お約束」という文化の衝突が起こることは必然であり、どちらが正しいと言った性質のものではありません。
文化が違うからと相手をデモナイズして否定することは何の解決にもなりません。
>「正体が分からないのだから、面白ければ何をやってもいい」と、
>参加者同士の非難(炎上)や素顔暴き(晒し)が行われ、だんだんと場が荒れていきます。
>「要は面白ければいいのだ!」と。
こういうのはただの厨房であり、普通はどこに行ってもつまはじきものです。
>ここで重要なことは、舞踏会への参加者は誰もが自分がつけている仮面がはずされる可能性があるのに、大半の人が忘れているということです。
これはどのような根拠があって仰っているのでしょうか?
余程の阿呆か初心者でない限り、このリスクもちゃんと知った上で匿名の活動を続けていると思います。
>今のところコメント欄だけですが、トラックバック(TB)での「炎上」もあるかもしれません
既に起こっています。
先日『田中県政追撃コラム』が炎上した際には2ちゃんねらーの手によって大量のTBスパムが送られていました。
また、TBの原理上ブログを持っていなくともTBを打つことは可能であり、
田中県政追撃コラムではコメント欄封鎖後にTB欄をコメント欄代わりに使っている者がいました。
>現状のままでは、ブログのコメント欄への無責任な書き込みは、ブログ人口の増加とともに増え続けていく可能性が高いのではないでしょうか。
ネットユーザー中に一定の比率で厨房が存在する以上、ブログ利用者の総数が増えれば無責任なコメントの絶対数も当然増えるでしょう。しかしこのようなユーザーの相対比が変化するとは思えないので、このようなコメントはあくまでもブログのアクセス数に比例します。
アクセス数の激増でも起こらぬ限りはブロガー側から見て変化はないはずです。
(ブログ側にこのようなコメントを引きつける要素があるのならまた別ですが)
>「誰もが仮面を外される(晒される)」ことを担保したシステム
これも一つの方法論ですが、欠点があるために実際にはあまり有効に機能しません。
小倉先生が以前やはり似たようなことを仰っていてそのときに程度議論されたのですが、実名を晒される影響度と言うのは人によって大きく異なります。社会的立場のある人間に対してであればこれは有効なペナルティになりえるのですが、場合によってはノーダメージと言う場合もあるのです。
さらに言えばブログの炎上が起こるのに暴力的な言葉は別に必要なく、相手の論理矛盾を徹底的に突き詰める、つまり議論を吹っかけるだけで十分すぎるので真のフレーマーはこのような規制がしかれたところで何の痛痒も感じません。こういうタイプの人間はそもそも捨てハンなど使わず堂々と行動していますから。むしろ単なる罵倒が無くなって議論がしやすくなり、このような規制を歓迎するんじゃないでしょうか。
◆ブログ揺籃期の終わり
ブログは最近ようやく揺籃期を抜けてツールとしての認知を確固たる物にしたところでしょう。
これからHTMLも知らないような人間がどんどんブログを使うようになります。
絵文録ことのはさんの「大衆化とは、広く浅く薄められていくこと」と言う言葉が
現在起こっている変化を最も端的に捉えている言葉だと思います。
ブログが終わるのではなく、ブログの揺籃期が終わったのだと考えるのが最も妥当でしょう。
◆今後の可能性
>私は、ブログはオルタナティブなマスメディアに成長する可能性を秘めていると考えています。
私はブログは決して現在のマスメディアの代替品にはなりえないと考えています。
逆立ちしてもブロガーがメディアのニュースを報じる機能を肩代わりすることは不可能ですから。
ブログはむしろメディアの足り無い部分を補い、報道内容を深化させる機能を担うことになるだろうと思っています。テレビに専門家が出てきてコメントするように、ブロガーもニュースを元に自分の専門領域で時事を解説する。こういった動きが今後どんどん増えてくるだろうと予想しています。
ブログとジャーナリズムの関係に関しては以前詳しく書いたのでこちらをどうぞ
・ネットとジャーナリズム







最後の段落は全く同感です。
そしてそれが実現するために必要なことが、FPNの徳丸さんが呼びかけている「大企業の中の皆さん、是非ブログを始めてみてください」につながるのではないかと思っています。
http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=563